日々の暮らしを愉しむ

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ご近所さんとの交流

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Photo by M.tokeshi's friend


”縁”って言う言葉は本当に存在するんだと
今年に入って特にそう感じている。

夏まえあたりからだったろうか・・・
それまで「おつきあいさえ、きっとムリ・・・」と
半ば諦めかけていて、でも近所の商店などの人たちと
仲良くさせていただく機会があって
みんなそれぞれ歳も近いこともあって
割とすぐに意気投合!

特に最低週1回は会ってなんてない話をしている
齋藤商店のサイトウくん http://toshisai.jugem.jp/
そしてAIZUYAさんのコウイチロウさん
http://aizuya.exblog.jp/

彼らは普段はとってもフレンドリーだが
それぞれが自分のお店や仕事に対して真摯だ。
そしてそれだけではなく、町内会や消防団ででも
活躍している。

いったい、そのPOWERはどこから来るんだろう?
というくらい・・・
しかも二人ともいつも笑顔を絶やさない。

”商人”としてのいいお見本が
目の前にあることは本当に幸せだと思っている。

秋になるとみんながみんなどこかへ出かけたくなる気分になるので
至る所でさまざまなイベントが開かれる。

mignonのある小石川も11月には
”小石川マルシェ”というイベントが開かれる。
その時には同じくご近所でソムリエのナカオさんと
http://yaplog.jp/la-vinee/category_7/
コウイチロウさんとmignonスタッフのオオヤマさんの
4人で面白い企画を考えている。

mignonの今年のテーマは”旅するパン屋さん”で
さまざまなイベント会場へ足を運んで
パンやジャムを販売しているが
こういった近場、というか地元にしっかりと足をつけて
行動していくことを中心に来年は考えている。

せっかくの”ご縁”を大切にしていきたいから・・・
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by mignon0701 | 2011-09-30 09:15

愛情を注いでみると

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Photo by Y.Suga



いっとき、誰もが信じられなくなってしまったときがあった。
お店はそれでも動いていなくてはならなくて
日々の流れを少しも変えてはならない状況、
そしてそれらを見守る人たちの目すら怖くて、信じられなくて。

でも、そんなときでも唯一、
パン生地たちだけには無償の愛情を注ぐことができた。

それはまだ真夜中にパンを仕込んでいた頃。
しーんと静まりかえった店内で
材料を捏ね機に入れて混ぜ込んでいく。

だんだん材料たちは仲良くなっていって
やがてはひとつにまとまって”つるん”とした生地になっていく。

そのさまを眺めていると
このコたちだけは愛おしく感じられることができて
生地が出来上がると
「生まれてきてくれてありがとう。
 あったかいお部屋に移ってゆっくり休もうね。」
と話しかけながら発酵機へと生地をそっと移していく・・・

その作業の積み重ねなのだが
その時間だけは至福の時間だった。

誰もいなくて、信じられるコたちだけに囲まれて
愛情を注いでみれば、その分このコたちは
ゆったり、のびのびと育って
やがては美しい焼き色といい香りを放って
オーブンから焼き上がってくる。

庭の草木もそうだ。
お水をただあげるだけではなく、話しかけたりすると
それだけで成長の仕方は変わる。

月日が経って、様々なことを克服しつつ
人は信じられるようになった。

そしてそれプラス、今も変わらずパン生地たちには
愛情を注いで日々作っている。
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by mignon0701 | 2011-09-29 09:04

懐かしい味

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2日連続食べ物のはなし。

子供のころ、父はお菓子の会社に勤めていて
海外出張ばかりしていた。
そしてお土産はいろんな国のお菓子。

また実家では買い物を明治屋でよくしていたので
輸入食品がこれまたよく普段の食卓に上った。
このリビーのコンビーフも、そう。

先日、実家に帰る時に持って行ったら母は
「あらぁ!懐かしいわねぇ!おばあちゃんいた頃
 思い出すわねぇ!」と微笑んでいた。

このコンビーフとデンマークのチューリップ社の
ランチョンミート(アメリカのSPAMとほぼ一緒)が
”いざ献立に困ったとき”用に食材の棚にはあった。

それからハーシーのココア。
ノッツ社のジャムいろいろ・・・

私のマヨネーズがすこしニガテな源は
実はアメリカのベストフーズマヨネーズを食べたのが
最初だったから。

マヨネーズは瓶に入っているもので
キューピーのを食べたときにはその味の美味しさには
驚いたが、でもあのベストフーズのトラウマがあって
いまだ、そんなに好まない(笑)

ケチャップはハインツからカゴメに変わった。

なんだか変な食生活の家庭だったかも。
でも、挙げたらキリがない輸入食品は
私にとってはノスタルジックな味のひとつなのだ。
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by mignon0701 | 2011-09-27 08:49

変わらぬ味

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実家近くにはいまだに昔からの個人商店が残っている。
魚屋さん、お豆腐屋さん、お肉屋さん、お味噌屋さん・・・
そしてこのいなり寿司を売っている”いそ貝さん”もそのひとつだ。
作っているのはかんぴょう巻きといなり寿司だけ。

それだけ。

もう一軒、いなり寿司やさんがあったが
店主が体調を崩してしまい、あえなく閉店してしまい、
今はいそ貝さんだけになってしまった。

かんぴょう巻きが4つ(1本分)といなり寿司6個で¥650。
大人2人でおなかいっぱいになる量なのだ。
ひとり分の折りづめは¥300なので
ご近所のお年寄りがよく買っていっている。

私がちいさいころから味は変わらない。
かんぴょうが気持ち減ったかな?くらい。

磯貝さんご夫婦がもうおそらく80歳を有に越えているので
いつ閉店しまうかもわからない。

おみせは至ってシンプルで
おみせの”テント”はおあげさんの茶色。
引き戸のガラスはスリ硝子だから中の人は見えない。

営業しているかはのれんがかかっているかでわかるのみ。

これだけの品数で何十年も同じ味を続けていく・・・
本当にスゴいと思う。
できれば、ずっと、ずっと食べていたい定番の味なのだ。
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by mignon0701 | 2011-09-26 17:33

商売を始めてしまうと・・・

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決していい”クセ”とは言えないのだろうが
商売=仕事を始めてしまうと
色々なお店に行くわりには自分の身のまわり・・・
特に普段に着る服やましてや化粧品など
買う機会は全く無くなってしまう。

雇われているときはそれなりに購入していた。
でも、今の私の仕事はパンを作ることを生業としている。
その場面で化粧は自分の中ではありえない。

同業の女友達で
「それこそありえないわよ!
 私はきちんとお化粧してパンを焼くし、
 店頭にも出てるわよ!
 女性ならそうしなきゃ!!!」
と私に叱咤した人がいたが・・・
ウォータープルーフのお化粧をばっちりした職人から
できたパンは、もし私がお客さまなら買いたくないかも。
(これは個人的見解ですのであしからず)

その代り・・・といってはなんだが
作家さんの作った器や口福な時間、
そしてすてきな雰囲気のあるギャラリーに
身を置いてみること・・・
それらにお金をかけてしまう。

あ、もちろん限界はありますが(笑)

お洒落やお化粧はもう少し先に楽しみをとっておこうと思っている。
シワをたくさん刻んだ手にしか似合わないアクセサリーもあるし、
歳を重ねないと着こなせない服もある。

もちろん今の年代にしか楽しめないお洒落があることだって
本当は十分にわかっているし、
同年代のお客さまがいらっしゃると正直、
「あぁ、いいなぁ・・・」と思うときだって、ある。

でも私の今の職業はそれを必要とはしていないと
感じているから。
それよりもお客さまや同業者のみなさんとの
信頼関係を築いていきたいし、
もっともっと美味しいパンを作っていきたいから・・・
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by mignon0701 | 2011-09-23 08:09

気になって仕方がないこと

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誰しも自分の前世や家族のルーツというものは気になるだろう。
昨日、ある人と話をしていたときに
私の祖父母の話題が出た。

私にとっての祖父母は父方も当然そうなのだが
一緒に暮らしていたからか
母方の祖父母の印象の方が圧倒的に強いし、
私にとっての祖父母と言えば彼らしか思い浮かばない。

祖父は1899年明治32年生まれ、
祖母は1909年明治42年生まれだったらしい。

ふたりとも長身で祖父は180センチをゆうに超え、
祖母も歳をとっても165センチはあった。
当時の人たちからすればかなりの”ノッポさんカップル”

ふたりとも日本人だが
孫の私は中国や台湾の人とよく間違われる。

以前の私の主人は私が本当は戸籍を日本と選んだのだろう、と
なぜか信じていたし(その理由は未だにわからない。)

台湾人の友達は「姉さん、日本人じゃないだろ?」と言われ
「日本人だよ。」と答えてみれば
「隠さなくったって大丈夫だよ、俺も実は台湾人なんだ^^」と
にっこりしながら言われ、彼は今でも私を日本人とは思っていない。

学生の頃もそうやって間違われ、真剣に悩んでしまった私に母は
「おじいちゃんは福岡の生まれだから
 もしかしたらご先祖様にいるかもね^^
 みんなあの家系は背が高いし、顔も日本人とは少し
 違ったりしてるから^^」
とのほほんと笑った。

そんな彼らがどんな人生を送ってきたのか
以前から気にはなっていたが、
昨日の話題でさらに気になって仕方がなくなってしまった。

だが、唯一祖父母のことを話せるのは母しかいなくなっているし、
彼女の記憶に頼るしかないのだが
普通の人が、普通に送ってきた人生なのだが
今、気になって仕方がない。
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by mignon0701 | 2011-09-21 09:32

懐かしくも口福

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日ごと陽が落ちてゆく時間が早くなってきて
「暑いとはいえ、もう秋なんだよね・・・」
と仕事をしながら思う。

2日連続の仕事が終わった帰り道
懐かしい味を求めてそのお店に向かった。

富士山を目の前にして昼間は食事のできる
絶景のロケーションにあるそのお店のシェフは
去年、転勤で小石川から御殿場に移ってしまった。

好奇心旺盛で誰よりも研究熱心。
まっとうでバカ正直(スミマセン)
そんな彼の一生懸命さと丁寧さが伝わる食事だった。

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口にしてしまってから「しまった!写真撮るの忘れた!」
と思うものばかりだったが、この日は

・ アミューズ 水牛のモッツアレラチーズとパプリカの冷製
・ 前菜    馬肉のタルタル
・ パスタ   ほうれんそうとチーズのラビオリ
・ パスタ   カラスミとキャベツのスパゲッティーニ
・ メイン   ラム肉のロースト
・ エスプレッソダブルとデザート

といったお皿たち・・・

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小石川のお店は小さかったので”トラットリア”だったが、
今度は7,000坪の敷地内にある”リストランテ”となったから
立ち上げからを会社から彼の双肩に任されたのだから
相当なプレッシャーだったと思う。

美味しいお店や料理は星の数ほどある。

でも、作り手の心がこもっているお店は
一体いくつあるのだろうか?

「この人にはこの料理を作ったら喜んで下さるだろうな・・・」
「こんな盛りつけにしたらどうだろう?」

最初は誰しも考えながら調理をしていたはずだ。
でも、いつの間にかその気持ちは
本人でも気がつかないうちに薄れてしまう場合も
残念ながらあるのが現状。

1年ぶりに過ごした口福な時間は
懐かしくて何とも言えなく胸がキュンとなる味で
「また自分のお店に戻ったら、私もがんばろう・・・」
と強く思える味だった。
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by mignon0701 | 2011-09-20 14:10

定休日も仕事

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私のお店は週4日営業。
このスタイルに変えたのは今年の6月。

定休日の土・日曜日はこうして外のイベントに参加して
パンやジャムの販売をしている。

今年は特に精力的に色々なところへ顔を出している。
だから”充電”の意味も含めて月曜日も思い切って定休日にした。

ワーカホリックになって自分達が壊れてしまわないように・・・
ものづくりはそれだけで楽しいものだが
なんでも度を過ぎるとそれだけで体や心に
知らず知らずのうちに負荷がかかってしまうのだ。

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この連休のイベントは御殿場で行われたのだが
そこでイベントの終わりの近くでタイマッサージをしてくれる人に出会った。
芝生に寝転んで、青空と緑の葉たちを眺めながら
そして深呼吸を促されながら、
ゆっくり、ゆっくり体をほぐしてもらう。

彼はもともとスポーツマッサージを仕事としていたらしいが
ヨーロッパを4年ほど旅してヒーリングやピラティス、
そしてタイマッサージに出会って
住んでいた東京の生活にあっさりさよならして
この御殿場に移住してきたらしい。

今は自宅をサロンにしているらしいが
東京でカリカリしながら生活していた頃よりも
友達が御殿場までよく来てくれるようになったり
時間がゆったりしていて、周りの人たちも”ガツガツ”していないから
必然的に暮らし方もゆったりしていったらしい。

イベントに参加すると本当にいろんな出会いがある。
そしてその出会いから気づきが生まれる。

その魅力があるから定休日も仕事をするのかもしれない。
(本人は仕事の意識はないのだが・・・)
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by mignon0701 | 2011-09-19 10:40

最初はそんなにかわいいとは思わなかった

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実家にいるパピヨン。
彼女で5代目・・・
母は最初にパピヨンを飼ってからそのコが
3匹子供を産み(残念ながら1匹はかなり短命だった)
それぞれ天国へと旅立ってから、しばしペットロスト症候群にかかり、
再び同じ犬種を飼うようになった。

彼女が実家に来た時はあかちゃんだったからか
ただ”やたらとうるさい犬”的な存在でしか
私の中ではなかった。

でも、あるとき、彼女が実は賢くって
こんなに”私はあなたのことあまり好きじゃないの”オーラを
私が放っていても、従順に、そして私が実家へ訪れたときには
空気を読み取るようになっていたのに
正直、驚いた。

すると次の瞬間「ごめんね、いままで・・・」という感情と
「かわいい・・・」という感情が同時に起こった。

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他のパピヨンよりもかなりおデブだとは思うが
その運動量たるや!!!

朝の母とのお散歩は近くの上野公園だったり、
東京大学構内だったりするのだが、
ほぼ毎日、2時間はサクサク歩くらしい。

ときどきお散歩を共にするが
「〇〇へ今日は行ってみない?」と言ってみると
その場所へ必ず行く。

母とだけの時はなるべく階段のとこは昇らないようにしたり、
「休んで!」と言うかの如く
ベンチに自ら座って母に休憩を促す、と言う。

最初は「犬バカなんだろうな・・・」と話し半分に聞いていたが
実際に一緒に行ってみると、そうだった。

犬は家族を自らランク付けするというが
彼女の中で一番の存在に気遣うのには
いささか見習わなければ、とすら感じた。

現在5歳。
その前のコは16年生きたから
どうか、どうか長生きしてそのコロンコロンした
愛くるしい姿をいつまでも楽しませて欲しいと願うのだ。
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by mignon0701 | 2011-09-16 14:50

家族との交わり

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私の実家は今や観光地のようになってしまっている
台東区の谷中だが、きっと観光客のみなさんは
未だ残っている長屋にはじまる日本家屋や
時代が”昭和”のまま止まった風情が残っているところに
魅力を感じているのかもしれない。

3月の地震の時には瓦屋根が落ちた家が多く、
瓦屋さんは瓦の製造が追いつかず、
大工さんは日々忙しそうだった。

実家の方へ帰ればいつでも幼いころの記憶に戻れる。
生まれる前からの家々が多く残っているし、
それに人情があって、ときにはうっとおしくすら
感じてしまうご近所さんたちの存在も残っている(笑)

現に「たくさん作ったから。」と煮物をはじめとした
晩ごはんのお惣菜を持ってきてくれる
ご近所さんは未だに”普通に”残っているし、
「お醤油(やお砂糖)切らしちゃってたから
 ちょっと貸して!」なんて会話も成り立っている。

それぞれの家に鍵をかけ出したのはここ5年くらいだし
「何かあった時に・・・」と信頼のおける家同士
合鍵を渡し合って、旅行やちょっとしたおでかけのときは
頼まれた人が留守番をする。

だから実家に突然行くと、家族は不在でご近所さんが
「あ、ママ出かけてるわよー^^」と
居間に居たりするのは、他の地域の人からすれば
おかしく映るのだろうが
私にとっては昔からそうだったので
「あ、そう。」と普通に返事をしてしまうのだ。

生まれたときからあの土地に居ると
心地よいぬるま湯の行水に浸かっているような・・・
そんな気分になる。

だからなのか?
離婚して戻ってきてしまう人が多い(笑)

でも、そんななんとなく心が温まるこの土地とはいえ
実家の家族がうっとおしく感じていた時期もあった。

実家から離れてだいぶ経って
大きく体を壊してその頃一緒にいた夫も信じられなくなって
仕事が終わったあと、実家に戻っていた時期があった。

そこで今まで忘れていた生活を日々、繰り返した。
てづくりのごはんを家族と会話しながら食べる。
なんとなく、なんてないTVをのーんびり眺める。
ゆっくりと湯船に浸かる。
日向で干された”おひさまの匂い”のする布団に入る。

休みの日は犬と散歩したり、
ゆっくりと朝ごはんを食べたり、
昼日向、なんにもせず(むしろその頃はできず)
のーんびり本を読んだり・・・

今、振り返ってみれば隠居生活のよう内容。

でも、その生活が”血のつながった家族のありがたみ”を
私に再認識させてくれた。

今も、ほとんど毎日、近い実家ではあるが
短い時間であっても母とは電話で話しているし、
週に一度は晩ごはんを戴きに、行く。

ときどき、母と犬が我が家に泊まりに来る。
我が家には彼女の部屋もあることだし・・・

今の自分の置かれている環境がどうであれ、
自分の血のつながった家族は決して裏切らない、と思っている。
そして、できれば長生きして
もっともっとたくさんの時間を両親とは一緒に
共有したいと思っている。
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by mignon0701 | 2011-09-15 08:38